The Dressmaker【試し読み】

※小説本「The Dressmaker」の冒頭5ページ分です。

 PCの画面の中では、華やかな服を身にまとった少女が屈託なく微笑んでいた。
 白い姫袖のブラウスに、さくらんぼみたいに深い赤い色のジャンパースカート——裾はフリルとレースに彩られている。足には、小さなリボンの付いたニーハイソックスにストラップシューズ。全てが完璧に見える程に、整っていた。
 リコは、そんな少女の姿を見つめながら、目を輝かせていた。画面をスクロールすれば、次々と「可愛い」が現れては襲ってくる。「いいなあ」という気持ちが、心の底から沸き上がってくる。
 ——しかし、リコはすぐさま思い直す。
 「これらは〝魔法少女〟のためのもの」だと。
 高い背丈に、短かく刈り込まれた髪——小さい頃は長い髪に憧れていたが、残念ながら彼女の髪の毛は、量が多すぎた上に癖があった。伸びた髪をした自分の姿は、まるで化物のようだった。以来、髪は絶対に短くしている。——リコはそんな姿をしていた。そもそも、こんな姿をしている自分には無縁のものだろう、と。

 玄関のチャイムが鳴る。
 リコはPCの画面上の時計を確認した。空が真っ暗だから気づかなかったが、もうとっくに夜の時間は終わっており、それどころか午前10時を過ぎていた。
 玄関先に立っていたのは、アヤだった。中学の頃からの友人だ。背丈はリコと同じくらいだが、こちらは運が良く、長く綺麗な髪の持ち主であった。
 「様子を見にきたよ。頼みたいこともあってね」
 言いながら、アヤは右手に持った手提げ袋をリコに渡した。中身はアヤがよく着ているシャツだった。
 「袖のボタンが取れちゃってさ」
 「ボタンを付ければいいんだね」
 リコが確認すると、アヤは頷いた。
 アヤがこの時間に来たということは、今日は土曜日か日曜日、あるいは祝日だったのだろうと、リコは察する。引きこもるようになってから、曜日感覚がすっかり失われてしまった。

 部屋に招かれたアヤは、リコのPCの画面に映る華やかな少女達の姿に気づいた。
 「可愛いね」と、アヤもまた目を輝かせる。
 リコは引き出しの中から裁縫道具を取り出しながら、「それ、新作特集なんだ」と説明する。
 「〝魔法少女〟の服のブランドの中でも、人気なんだよ」
 「君も着てみたら良いのに」
 アヤの言葉に、リコは慌てて首を振る。
 「これは〝魔法少女〟のための服だから!」
 「わかってるけどさ。あんまり好きそうだったから」
 好きだからって、着て良いわけが無い。いや、着られるわけが無い——そう思いながら、リコは「いやいや」と苦笑した。そんなことを話している間も、空は相変わらず夜のままだった。

 この世に〝夜の女王〟が現れてから、一体どれくらい経ったのだろう。世界は闇に覆われて、空は常に夜と化し、街には〝夜の女王〟の使い魔が放たれた。使い魔は容赦なく人々を襲い、街を破壊した。
 この〝夜の女王〟と使い魔に対抗できる唯一の存在が、〝魔法少女〟だった。
 理屈はよく分からないが、〝魔法少女〟の素質を持つ少女は、華やかな服やドレスを身にまとうことで自らの魔力を引き出すことができ、その結果「無敵」と化して、戦うことが可能になるらしい。
 その仕組みが判明した直後から、〝魔法少女〟向けの服のブランドが次々と立ち上がり、街やインターネット上で売られることとなった。
 国は、〝魔法少女〟の素質がある少女を見つけると、ほぼ例外なく、ドレスを着て戦うように命じた。
 そうして今や、当たり前のように、ニュースや街中で少女が戦う姿を見かける。この日常が〝夜の女王〟を討つ日まで続くそうだ。
 ——いずれにしてもドレスに、あの服に、袖を通すことが許されているのは〝魔法少女〟だけなのだ。
 けれどもアヤの言うように、「可愛い」ものに憧れる気持ちが無いわけでもなかった。
 リコは黙々と針と糸でボタン付けをする。時々アヤと他愛のないことを話しながら。
 こうして誰かの役に立てることは好きだ。せめて、大好きな〝魔法少女〟の力になれたら——リコはそんなことを思っていた。

 *

 アヤに〝魔法少女〟の素質があることが判明したのは、それからすぐのことだった。
 国からの命令は、とても簡素な一枚の手紙だった。
 「〝夜の女王〟と、その使い魔を討て」とだけ。
 リコは久しぶりに外出することとなった。アヤと共に、戦闘服を——もといドレスを選ぶのだ。
 商業ビル内にある、大好きなブランドの直営店に、初めて足を運ぶ。
 並んでいる洋服——ジャンパースカート、ワンピース、フリル満載のブラウスに、ガラスケースの中のバラの形をした指輪——何もかもが画面の中で見るよりも、何千倍も、何万倍も可愛かった。
 二人は目を輝かせながら、きょろきょろと店内を何度も見回した。
 「あ、コレなんか可愛いんじゃない?」
 そう言って、アヤが一着のワンピースを手に取り——次の瞬間、困惑した表情に変わった。
 「……小さすぎない?」
 アヤの呟きに、リコが横からワンピースを覗き込む。確かに小さかった。長身のアヤには、着ることが不可能であると一目で分かる程に。
 その後、店の一番大きなサイズのブラウスすら、アヤには袖を通すことが無理だと知らされた。
 この国の少女は殆どが小柄なのだ。リコやアヤのような長身の少女は想定外とされる。——二人はすっかり気持ちが落ち込み、「帰ろうか」と店を後にした。
 「どうしよう……ネットで探す?」
 アヤが提案し、二人でスマートフォンを覗き込んだ。大きなサイズを取り扱っている店は、あることはあったが、評判を調べると「縫製が酷い」「いつまで待っても届かない」等、ネガティブな言葉が並んでいた。これは怪しい。アヤは本気で頭を抱えた。
 その時、リコが言った。
 「じゃあ、私が縫うよ」
 アヤは驚き、目を見開いた。
 リコは裁縫が好きだ。しかし、服を作った経験は無いはずだ。
 「作れるの?」
 「やってみるよ。やってみたい」
 〝魔法少女〟の役に立ちたい。自分が可愛くなくても、可愛い誰かの力になれるかもしれない。それに何より、可愛い服やドレスが大好きだから、いつか作ってみたかったのだ。
 「……そっか。じゃあ、君にお願いするよ」
 アヤの言葉に、リコは頷いた。

 家に帰ると、本棚から一冊の本を引っ張り出す。
 随分前に買ったものの、開く機会の無かった洋裁の基礎の本——これに型紙の作り方が載っていた筈だ。
 本によれば、型紙を作るのに必要なのは、たった二つの数値。「背丈」と「バストサイズ」。
 この二つの数字を使って計算を行い、指示通りに線を引けば、型紙は作れるらしい。——本当だろうか。
 半信半疑のまま、大きな紙を用意し、定規を駆使しながらペンを走らせる。出来上がった線に沿って紙を切ると、確かに型紙らしき形にはなった。しかし、これが本当にアヤの身体に合った服になるのだろうか。
 物は試し、とシーチングを床に広げた。
 型紙に縫い代を付けた形で裁断し、ミシンで縫い合わせると、簡単なトップスを作る。
 そして、学校帰りのアヤに電話をし、「試作品が出来た」と呼び出した。
 「早くない? さすがだなぁ」
 そんなことを言いながら、アヤがトップスを羽織ると。
 「……ピッタリだ」——リコは思わず一言、呟いた。
 肩幅も、腰回りも、アヤの身体にぴったりだった。どうして「背丈」と「バストサイズ」だけでコレが作れてしまうのか、リコには不思議で仕方が無かった。「あつらえる」とは、このことかと。
 「どう、作れそう?」
 アヤに訊ねられて、リコは頷いた。
 「この型紙を元にして、ブラウスとジャンパースカートを作るよ」
 それから、ヘッドドレスも。パニエも。全て作れるんだと思うと、何だか夢を見ているようだった。
 「明日は布を探しに行かない?」
 リコの誘いに、アヤもまた嬉しそうに乗った。