勇者と歌い手【試し読み】

※小説本「勇者と歌い手」の冒頭5ページ分+αです。

 魔王の息子と思しき男が人間界に来ている。きっと何かを企んでいるに違いない——勇者エースは当然の如くそう思って、その男の後を追っていた。
 最後に目撃されたのは昨日。森の中を歩いているところを、旅の商人が見ていた。そして、ヤツが向かっていた方角の先にあったのが、この街だった。
 「やっと追いついた」とエースは溜め息をつく。世界中の街や村で目撃され、噂されていた魔王子。ようやくここで会える、と。
 街の人間に訊ねてみると、確かにヤツと同じ特徴を持つ男がここへ来ているようだった。足取りを追って辿りついたのは、街の片隅にある、地下へと続く階段。
 「……見るからに怪しいな」
 そう呟きながら、エースは階段を降りていった。

 地下は、劇場のような施設になっていた。
 正面には舞台。向こう側は見えないように紗幕で隠されている。本来客席があるべき広間に椅子は無く、人間達が立ったまま、舞台の方を見つめている。客層は殆ど若い女性のようだ。
 薄暗い照明の中、妙な熱気に包まれた空間にエースは少し怯んだ。
 (何だここは……何が始まるんだ?)
 困惑していると、ふいに照明が消えた。途端に拍手と歓声が巻き起こる。そして、それをかき消すかのように、舞台上でドラムとギターが爆音を奏でた。
 「!!」
 耳をつんざくような音に、エースはますます怯んだ。
 吊り下げられていた紗幕が落ちる。——そして舞台中央に現れたのは、この世のものとは思えない程に美しい男だった。エメラルドを思わせる、輝かんばかりの緑色の派手な髪の毛。青く光る両眼。右の目元には三日月のような形をした黒い紋様がある。両手の爪は長く、色は黒く染められていた。さらに身につけていた衣装のフードを脱ぐと、二本の角が現れた。——魔王子だ。オレが探していた魔王子が舞台上にいる。エースは口をあんぐりと開けた。
 「お待たせ!」
 そう言って魔王子が手を振ると、女性達が黄色い声をあげる。
 「ハル!」「ハルー!」——そして魔王子の名を叫ぶ。
 魔王子は大きく息を吸うと、まるで少年のように透き通った声で歌い始めた。
 爆音で奏でられる楽器にも決して負けない、声量で。
 時には、生き物の声とは思えない音——シャウトを交えながら、目の前で魔王子は一曲を歌い上げた。
 「………」
 歓声と拍手、魔王子を呼ぶ叫び声に包まれながら、エースはただ、目の前の光景に呆然としていた。
 魔王子が、歌手をやっている。
 人間の街の地下で、ライヴをしている。
 故郷の王様に正直に報告しても、信じてもらえなさそうな現実が目の前にあった。

 ライヴが終わってしばらくすると、観客相手にグッズや音源を売る時間が始まった。即席で用意された物販ブースに魔王子が自ら立って、客からお金を受け取って、品物を渡している。
 エースは列に並ぶと、自分の番が来るのをひたすら待った。不本意だが、彼に話しかけるチャンスは今しかない。並び続けること10分、ようやくエースの番が回ってきた。魔王子は——ハルは、エースにニッコリと笑いかけた。
 「いらっしゃいませ!」
 「……確認するが、魔王の息子ってのはお前か?」
 エースの問いかけに、ハルは一瞬険しい表情を見せる。
 「君は?」
 「オレはエース。勇者だ」
 するとハルは「ああ」と納得したような顔になった。
 「噂は聞いてるよ。僕に話があって来たのかい?」
 「そういうことだ」
 「そっか……じゃあ、撤収が終わってからね」
 ハルの言葉に、エースは頷いた。
 「ところでグッズはいかが? チェキは一枚5Gだよ」
 ——勇者相手でも商売するんか、この魔王子は。
 「……音源くれ」
 エースが言いながら金を出すと、ハルはニコニコ笑いながら円盤型の記録媒体が入った箱を一つ手渡した。
 「……お前は父親とは全然違うな」
 この男が、今まさに人間を滅亡させようとしている、魔王の息子とは——。
 「当たり前だよ。あれと一緒にしないで」
 ハルはむっとしながら言った。

 地下へと続く階段の前でエースが待っていると、ようやくハルが姿を現した。既に辺りは暗く、月明かりだけが世界を照らしている。ハルは頭に生えている角を隠すように、フードを目深に被っていたが、派手な髪と美しい顔立ちは隠し切れておらず、余計に怪しく見えた。
 「単刀直入に訊くが、何で歌手をやってるんだ?」
 ハルはエースを真っ直ぐに見つめ返しながら答えた。
 「何も企んでないよ。ずっと歌手に憧れていたんだ。夢を叶えるために、魔王城を出た。父親とも縁を切った」
 嘘はついてないよ、とさらに付け足す。
 「確かに……あのステージを見せられちゃ、信じざるを得ないが」
 「えっ!? そんなに良かった?」
 ハルが目を輝かせた。
 その純粋すぎる反応に、エースは溜め息をつきながら、「ああ」と肯定する。
 MCでもしっかりと笑わせてたし、煽り方も上手く、本当に盛り上がっていた。——魔王子にしとくのがもったいないくらいのエンターテイナーだった。
 「最初は人間達が歌を聴いてくれるか不安だったけど……いっぱい練習して、演出も考えてね。そしたら少しずつ受け入れてくれる人が増えて、今では世界中にファンがいるんだ」
 「要するに世界中でライヴしてたのか」
 通りで世界中で目撃されていたわけだ、とエースは理解する。
 「まあでも、ファンの皆は僕のこと、内緒にしてるみたいだけどね」
 「そりゃ、魔族の歌手のファンだなんて、他のヤツには言えないだろうな」
 目撃情報はあっても「歌手をやってる」なんて情報が一件も無かった理由も理解できた。
 「僕の歌で皆を楽しませて、僕自身も楽しんで、自由に生きたいんだ……父親はもう、僕の人生には関係ない」
 言いながら、ハルは俯いた。
 「確かに関わりたくはねぇよな、お前の父親の所業を考えると」
 エースが頷きながら言う。
 魔王の目的は人間を滅亡させて、人間界を領土として手に入れること。エースは、魔王出現と同時に選ばれた勇者だった。魔王の居城があるという〝魔界〟を目指して長らく旅をしてきた。——呪いのような、〝神の加護〟を受けながら。
 「だがな……こうは考えられないか?」
 エースの言葉に、ハルは顔を上げる。
 「お前の父親の狙いは、この人間界全土だ。つまり、魔王を倒さないことには、歌を歌う場所すら奪われるぞ。お前のファンの命だって、どうなるか分からない」
 「………」
 ハルは黙ったまま、エースを見つめていた。
 「歌が好きなんだろ。その気持ちが本当だってんなら、オレに協力しろ」
 エースは、ハルを真っ直ぐに睨みつけた。
 「……君は人間だよね」
 ハルに突然訊かれ、エースは少し驚く。
 「そうだが?」
 「人間は僕ら魔族と違って、とても脆い生き物だ……それなのにどうして君は戦えるの? 死ぬのが怖くないの?」
 「……生憎、オレは死ねないんだ」
 エースの言葉に、ハルは首を傾げる。
 「勇者に選ばれた人間は〝神の加護〟を受ける……魔王を討つまで、例え死んでも強制的に蘇生されて、何度でも戦わされるんだ」
 「……加護というより、呪いみたいだね」
 ハルに言われ、エースは「ああ」と頷いた。
 「どっちにしろ誰かがこの呪いを受けないと、世界は救えない。それが他のヤツじゃなくて、オレで良かったって思ってるよ……世界中の人間と、オレ自身の安息のために、オレは戦ってる」
 ハルはしばらく考え込むように黙り込んだ。——そして、「歌手活動は、しばらくお休みする」と答えた。
 「協力してくれるのか?」
 「うん」——微笑みながらハルが頷く。
 「これからも皆の前で歌いたいからね」
 「……恩に着るぜ」
 エースがそう言って右手を出すと、ハルがそれを力強く握り返した。
 「よろしく、勇者エース様!」
 「ああ。頼んだぞ、ハル」
 相変わらず、月明かりだけが世界を照らしていた。
 勇者と魔王子のパーティが結成されたが——自分を勇者に任命した故郷の王様には、まさか報告するわけにはいかねぇな、とエースは密かに思っていた。