LIFE:0

雪深い山奥だった。けわしい山道やら、時には獣道やらを抜けて、降り続ける雪をものともせずに歩き切った彼は、もう三日くらい前からそこにいた。
それはそれは根っからの修行馬鹿で、わざわざ過酷な状況に身を置きたがるので、間違っても常人が迷い込んでくるようなことはない場所だった。
そんなところで、例によって今日も修行に明け暮れていたところ。
「レグルス〜!」
ものすごく聞き覚えのある女の子の声がした。
目を見開きながら、バッ!!とそちらの方を向くと。“爆炎の白き戦士”の二つ名を持つ、いつか倒すと決めた己の宿敵が、満面の笑みで、全力で、こちらに手を振っていたのだった。
「レグルス〜!久しぶりだね〜!」
「………」——驚いたが、割とすぐに“コイツならここに来れてもおかしくないか”と受け入れられた。
ふと見ると彼女の足下では、彼女の相棒であり、マスコット的存在でもある軟体小動物がガタガタと音を立てて震えている。…この環境にまでついて来たのか、ポミュ…飼い主も飼い主だが、コイツも相当タフだな。
そんなことを考えているうちに、我がライバルはこちらまで走ってきた。雪に足をとられることもなく、嬉しそうに、まっすぐに。
「レグルスもここで修行してたの?私もだよ!」
「フン…また妙な偶然があるものだな」
「ホントだねぇ。広い宇宙でもう三度目だねぇ、こうしてキミと会うのも〜」
「ふたりとも!気楽にしろとは言ったけど、状況的におかしいミュ!!登山ルート外れまくりだし下手したら遭難だミュ!!」
「大丈夫だよ、ポミュ。道はわかってるから、今からでも余裕で帰れるよ〜?」
「本当!?本当なのかミュ!?」
「何でそいつも一緒に来てるんだ?」
「それがさ〜。ポミュがついて行きたいって言ったんだ…留守番なんてつまんない〜って」
「そうは言ったけど、あんなコースで山登るとか聞いてないミュ!!!」
ポミュは涙目で訴えた。
「あはは…それはホントにごめん」苦笑いを浮かべながら彼女は言った。
「一緒に戦ってきたキミだったら多少無理があっても大丈夫かと思って…」
「何処に“多少”の要素があったのか説明してほしいミュ!!全く大丈夫じゃなかったし!!もう……あとは修行でも何でも勝手にするミュ…ボクは知らないミュ!!」
そう言って軟体小動物は、これ以上大変な状況に巻き込まれまいと、やや離れたところにある物陰まで走り去って隠れてしまった。このパターン見るの、久しぶりだな…。
「あちゃ〜…あとでもっとちゃんと謝っとかないとな〜…」決まりが悪そうに彼女が呟く。——「遊びに行くんじゃなくて、修行って言ったんだけどね〜」
「ここまで一緒に来れただけでも大したものだがな」
「だよね?しかも今まで2時間くらいツッコミ続けながら一緒に登ってたし」
「元気じゃねぇか……」大丈夫じゃなかったわりには…と、レグルスが呟いた。
キミらのそのチートっぷりで、見てるこっちの精神が大丈夫じゃなくなってくるんだミュ…軟体小動物のそんな呟きは、二人に届くことなく物陰に消えていった。

「…本当に、またこうして会えるなんてね」
ぽつり、と彼女が言う。
「…久しぶりに、戦うか」
「うん…見つけた時から、そのつもりだったよ。試してみようか?」
ほんの一瞬で、二人の距離が離れる。お互いの視線は合わせたまま、静かに構え——白い空間に、空気を引き裂く音と、破裂音が響いた。

間に合った。その時の状況を見て、まずそう思った。
コズミックキューブを破壊され、力を失ったヤツの悔しがる声に、オレは「ざまあねぇな」と吐き捨てる。その場にいたもう一人はというと、まだポカンとしたまま、その場にへたりこんでいた。自分が殺されずに済んだということが、まだ理解できていないようだった。
「テメェとの勝負は、後だ!まずは、そいつをぶっ倒すぞ!!」
オレがそう叫んで、ようやく立ち上がる…一緒に立ち向かえばいい、と、ようやくわかった様子で頷いた。
土壇場で共闘することになったっていうのに、驚く程オレたちは上手く立ち回れた。奇跡的な相性の良さだったのか、何度もタイミングを合わせ、何度も互いをフォローし合った。かつて4人がかりで戦った時以上に、思うままに動けたように思う…。
それでも、決定打は彼女による攻撃だった。すぐ目の前、自分よりも小柄な背中ごしに見た赤い爆炎は、恐ろしいくらい鮮明に記憶に焼きついている。
いつか、コイツを超えたい…最初に思ったのはこの時だった。

全ての戦いが終わった途端、またその場にへたりこんだそいつに、「行くぞ」と手をさしのべる。こちらに向けられた彼女の顔は——泣いていた。
「以前、オレたちが4人がかりでさえヤツからはコズミックキューブを奪うのが精一杯だったってぇのに…そいつを倒すとはな……大したヤツだぜ」
「…レグルスがチャンスを作ってくれたおかげだよ。私ひとりじゃ、あそこで終わってたから」
「…お前の強さは、認めてやるよ。もっとも、気に入らねぇのは変わらねぇけどな!」
そう言ったオレを見て、彼女は一瞬驚いたように目を見開き…ほんの少し、少しだけ微笑んだ。「またいつか会えるかな?」と訊ねながら。
「…お前との決着は、いつか必ずつけてやる。それまで、誰にも負けるんじゃねぇぞ」
そう言ってその場を去ったのが、その事件の終わりだった…終わるはずだった。

その日からずっと、自分の中で、ある邪魔な感情が生まれてしまった。
その感情が、倒すべき宿敵に対してあるまじきもので、気づいた時には必死に振り払おうとした。
闇のエレメンタルの力を手に入れた時に、はっきりと望むようになった。アイツとの決着をつける時、その存在を消し去ることを。そうすることで、この感情は何かの間違いであることをはっきりさせようと。
彼女のことを訊かれた時も。
「オレはただ、強いヤツに興味があるだけだ。それ以外には何の感情もない」
そう答え、頭の中にちらつくものを否定した。否定し続けた。

待ち続けていた時が、ようやく訪れた。
「オレをあの時と同じと思うなッ!!」——目の前に立つ、白い戦士にそう言い放つ。
それでも、やはりヤツは強かった。一度でも触れれば終わる“闇の力”をいくらフィールド上に展開しても、視界から外れた隙を狙って遠距離から撃っても、全てをギリギリのところでかわし、こちらから仕掛ければ避け切る直前に的確なタイミングで爆弾を設置。それを読み切っていたこちらも、爆炎が広がる前に即座に処理をしていく。——ここまでは互角に渡り合えていた。生命力を削り、削られ…もう、そろそろ潮時だろうと。最後の切り札、エレメンタルの力を最大まで解放し、相手へとぶつけていく。そう易々とやられるようなヤツではない。今までと同じ、放たれた拳は届くことなく空を切り、何度も舞うように軽く避けてみせた。

——そんなことをいくつ繰り返した後だっただろうか。オレの強さが、とうとうヤツをわずかに上回ったのか。踏み込んで進んだ直線上に、避け切れなかったヤツが、立ち尽くしているのが見えた。拳は相手を捉え、攻撃は一瞬で何回も叩き込んだ。
「オレの勝ちだッ!」——次の瞬間、悲鳴をあげることもなくヤツの姿は闇に飲まれ、消え去った。

望んでいた結末はこれだった。ずっと、決めていたことだった。
これでいい、ヤツも立ち場は違えど同じことを望んでいる…そう信じて疑いもしなかった。

——実際に、この光景を見ることはなかったが。何故か今でも、この頃のことを思い出そうとすると、あるはずのなかったもう一つの結末がよみがえってくる。
そして、もう一つのこの結末の最後。一人残されたその後…激しい後悔に襲われて、震えている自分がいた。これが正しかったはずなのに何故なのか……わからないまま、そこで記憶は終わっていた。

彼女の顔は、またいつかの時のように泣く寸前に見えた。だから——目の前の空間を裂いて、彼女の前に立つ。
「フン…勝手に死んだことにするな」
「……レグルス?」
ポカンとした間抜け面に変わるライバルの表情。横でリリーが「ベルゼバル!無事だったのね!!」と声をあげるのも聞こえてないかのように、呆然とオレの姿を見ている…。
一瞬、止まっていた涙は結局こぼれていった。「よかった…よかった…」と繰り返し、いつかの時なんか比にならないくらいに泣きじゃくった…見たくなかったんだがな、その顔は…。
コイツが勝ったことで、今あるこの宇宙は守られ、オレの命も返された…この先も、オレ達は変わらずにいる。創造神にすら勝ってしまうという冗談みたいな偉業まで達成してしまったコイツは、今のところ間違いなく「最強」だ。そして、いつかオレがコイツを倒す…それだけだと。
別れを告げ、立ち去ろうとしたその直前。ふいに「最強」の宿敵が、オレにだけ聞こえるようにささやいた。
「もう、死んじゃったら嫌だよ…あの時、キミがいなくなってわかったことがあるんだ」
一瞬だけの間。話が見えず、驚いているオレをよそに、容赦なくその言葉は降ってきた。
「大好き」
——告白された。直線上に進んでくるタイプの攻撃にも似た直球すぎる告白を喰らった結果、オレは逃げるようにその場から去った。

……どうして、どうして。
「そういうところが気に入らねぇってんだよ……」
もう彼女に聞こえるはずもないのに、そんなことを呟いた。顔が妙に熱かった。

見事に引き分けだった。雪の中に、うつぶせでのめり込んだまま倒れる戦士2名という悲惨な光景は、引き分け以外の何ものでもなかった。全く動く気配のない2名の上に、相変わらず雪は降り続いていた。
「ふたりともいい加減に起きるミュー!!それ以上めんどくさがってたら完全犯罪みたいになるミュ!!!」
軟体小動物の必死の叫び声に、ようやくふたりが同時に起き上がる。
「うるさいな〜。まだ寝たかったのに〜」
「死ぬっつってるミュ!!キミは相変わらず気楽すぎるんだミュ!!」
「大丈夫だって〜」
「………」——この戦う気がうせる会話を見るのも久しぶりだな…と、レグルスは思った。

この“宇宙を救った英雄”のたった一言で、全ての調子が狂ってしまった。
こうして久しぶりに姿を見れば、嬉しそうに駆けよってくるし、今も幸せそうにこっちを見ている。あの2つの戦いの最中に見せていた雰囲気は何処へ行ったのかというほどに。…まあ、オレはあまり変わらねぇけどな。(いや、コイツみたいに、こんな素直になれなら苦労はない。)
「ね、ね。レグルスはもうしばらくここにいる?もしいるんだったら、私もいていいかな!」
期待に満ちたキラキラの両眼…本当に素直だな、コイツ。
「…別に構わねぇけど」
「ホント!?じゃあさ、一緒にがんばろー!」
そう言って笑う彼女の姿に、こっちまで口元がゆるんだ。
ああ、コイツらといると笑うことが増える気がする…そんなことを思いながら。

オマケ。 告白に対する返答を放棄し、逃げた直後。もう彼女に聞こえるはずもない、独り言を呟いたほんの1秒後。
「えー。そんなこと思ってたの?ひどいなー」——耳元から彼女の声がした。
目を見開きながら、バッ!!と己の隣を見るが、勿論誰もいない。
「な…なんだと…?」
「レグルス、ヘッドセットの電源入れっぱなしなんだね〜」
本当にダイレクトな耳元からの声だった。
「ルキフェルスから設備借りて、そっちへ通信送ってみたよ♪まあ、一応キミの元上司だし通信送れるのは当然だよね〜」
「借りてるんじゃねぇ!!ルキフェルスも何してやがる!?」
「私には恩があるから〜、って快く貸してくれただけだけど?」
「絶対楽しんでるだろ!?そこに他の二人もいるだろ!?」

「……ねぇ、返事は?」
——追い打ちをかけられた。電波の届かないところまで更なる逃走を図るか迷うも、何故か一瞬思い止まって。
「………」

聞こえたであろう自分の天邪鬼すぎる内容の“返事”に、何故だか嬉しそうな彼女の声のせいか、レグルスは全身から力が抜けた。
「本当に戦う気が失せる……」そう言ってため息をついた。
——それでも、嬉しいと感じる部分が大きすぎて、複雑な気分になるばかりだった。