Intermission
たぶんコンセプトは「西部劇に出てくる酒場」なんだろう。
爆炎の白き戦士がブラックホールに飲み込まれたのとほぼ同じ頃に、その店はいつの間にか存在していた。
宇宙船の上に店舗を構え、移動販売を行う…そこまではいい。問題はなぜ店舗部分を、宇宙空間にはあまり似つかわしくない木造建築風にしたのだろうか…。
そんなことを考えながら、両開きのスイングドアを片手で押して店内に入ると、バーカウンターの向こうには、いつものようにカウボーイハットを被った店長がいて——カウンターテーブルの上に突っ伏して寝ている、ものすごく見覚えのある白い少女の姿が目に入った途端、ベルゼバルは数秒フリーズした。
すぐ背後では、先ほど通ってきたスイングドアが、まだギーギーと音を立てて揺れている。
このままじゃ確実に厄介なことになっちまう、そう確信したベルゼバルは、即、きびすを返そうとし——
「らっしゃい!タイミング悪かったな、にいちゃん。嬢ちゃんなら、まだそこに……」
店長に声を掛けられた。
焦るあまり、思わずカウンターの方へ爆速移動し「起きたらどうするんだッ…!?」と小声で叫んで訴えた。
「でぇじょうぶだよ、嬢ちゃんなら完璧に寝落ちしてるし」
焦っているベルゼバルとは対照的に、店長はヘラヘラと笑いながらそう言った。
「夜遅くまでどっかの星を探索してたみてぇだし、よっぽど疲れたんだろうな…ここに着くなり寝はじめて、ぜんぜん起きやしねえんだよ」
ふと見ると彼女の足下では、彼女の相棒であり、マスコット的存在でもある軟体小動物がタマゴ形態で寝ていた。…主人と揃って爆睡状態である。
「ま、起きるまで店で保護しとくから、にいちゃんは心配しなくてもいいぜぃ!」
「…フン。別に心配などしていない。とにかく、オレは帰——」
「あ、ものはついでだが、にいちゃん!コイツら客室まで運んどいてくれよ。オイラも今ちょうど忙しかったんだわ〜!」
いいところに来てくれて助かったぜ〜、という言葉を残して、店長の姿はバーカウンターの更に奥にあるスタッフルームへと続くドアの向こうへと消えていった。
店内に残されたのは、寝息を立て続ける少女(とタマゴ)、および完全に帰り損ねたベルゼバルのみであった。
「………………」
静まり返る中、未だにスイングドアだけは、ギーギーと音を立てて揺れていた。
*
たぶんコンセプトは「西部劇に出てくる酒場」なんだろう。
食事と酒の提供の他、宿泊もできるとかいう「西部劇に出てくる酒場」…そのコンセプトを裏切ることなく、この店にも実は狭いながら客室が存在した。ブラックホールに飲まれてからこの数日間、どこで寝ているのかと思えばこの客室だったらしい。
(本当に起きやしねえ……)
意識のない力の抜けた身体は、自分よりも小柄とはいえ少々重く、カウンターテーブルから引き剥がして抱き上げるまでが一苦労だった。(室内だから飛ぶわけにもいかないし)客室まで運ぶこと数メートルの間…ベッドの上に転がそうとも起きる気配がなかった。
何も知らずにスヤスヤ眠る無防備な顔に、何だか力が抜けてしまった。溜め息を吐きながら、ベルゼバルはベッドの隅に腰を下ろした。
(まあ…戦いの中で倒れるよりはマシだが)
ここで寝てる分には安全だ——横から聞こえてくる安らかな寝息に、つくづくそう思った。
最初に「白き戦士」の存在が報告され、ベルゼバルがこの店の存在に気づいたのはそのすぐ後のことだった。
彼女にとって、この場所が生き延びるための助けになっていること、ここの店長が何処からかB.H.B団の情報を仕入れ、彼女へ流していること…そういったことは、探りを入れてからすぐに分かったが、それらをルキフェルスに報告することは一切しなかった。元々「従っているふり」をしているだけであり、彼女にとって不利益になるようなことをするわけにはいかない。あくまでも自分の目的——“彼女と再び戦うこと”が優先だ。
——しかし、本来ならばそこで店に来ることをやめればいいものを、未だにここへ密かに足を運んでいる理由は何故かと問われれば、店長がやたらと彼女の様子を話してくるからである。訊いてもいないのに「元気そうだった」とか、何を話しただとか。…こちらの組織の情報を仕入れて売りさばいてるくらいだから、ベルゼバルが何者かはわかっているはずなのに。何にせよ、いずれ戦うことになる敵の現状がわかるのは良いことだろう…と、つい気になって通ううちに、こんな事故が発生してしまった。
(何をやっているんだ、オレは……)
ここに来るまでの自分を顧みて、ベルゼバルは頭を抱えた。
彼女が決める、次の行き先の選択肢は三つ——その中に、自分が配備されている場所も含まれていた、そのことが原因だったのかもしれない。何処へ向かおうとしているのか探りを入れるつもりが、注意を怠り、本人がいるところへ来てしまうという事故を…いや、わかってる。こんなところで再会するなんて、ややこしくなるにも程がある。再度、深い溜め息を吐いてから座っていたベッドから立ち上がった。
客室から出ようと、ドアに手をかけたその時。
「あれ…?」
すぐ後ろから、懐かしいくらい聞き覚えのある女の子の声がした。
「…なーんだ。夢かあ…」
だらだらと、変な汗をかくベルゼバルとは対照的に、女の子の声はあくびまじりのボヤけた声だった。
「こんなところにレグルスがいるわけないもんね〜……」
「………………」
明らかに半分まだ夢の中で、語尾はムニャムニャと飲み込まれていくようにフェードアウトして聞こえた。
もう自分が幸運なのか運が悪いのかも、よく分からなくなってきたが(いや、単にコイツが阿呆なだけだ…そうに違いない)とベルゼバルは思うことにした。
「ふふふ…」と、花がほころぶような笑い声がする。何がそんなに面白いんだ、と彼女の方を振り向くと。
白い少女は半分開いた眠そうな目で、ベルゼバルを見つめ、微笑みかけていた。
「キミは言ってたよね…また会う時まで、“誰にも負けるな”って」
「………」
「ずっと覚えてたんだ…だから、今も頑張ってるんだ。こんなブラックホールに閉じ込められちゃってるけど…まだ負けてないんだ」
ここから出られたら、また…いつか…——声は少しずつ、うわ言のようになっていき、少女は再び深い眠りへと落ちていった。
*
「よう。遅かったな、にいちゃん!」
いつの間にか、店長はバーカウンターの定位置に戻っていた。
「忙しいんじゃなかったのか?」
「わりぃ、わりぃ!こっちも今ちょうど暇になったとこだぜぃ」
と、相変わらずヘラヘラと笑う店長に、ベルゼバルは少々いら立つ。無言のまま、出入り口のスイングドアへと早足で進んでいき——
「嬢ちゃんが次に向かおうとしているのは、ハッピーラントだ」
店長の言葉に足を止めた。
「嬢ちゃんの実力からいって負けることはあり得ねぇが…念のため、注意した方がいい。相手が相手だ」
「………」
——そして、ベルゼバルは無言で店を出て行った。
「ふわあ〜っ!よく寝たミュ〜」
乾いた音を立てて、タマゴの殻が割れる。主人よりも一足先に目覚めた軟体小動物は、丸い身体がちょっと楕円形になるくらい大きく伸びをし、ゆっくりとつぶらな両眼を開く。
「ミュミュ?ボンバーマンはどこに行ったミュ?」
「おう!起きたか、ポミュ。嬢ちゃんなら客室のベッドで寝てるぜぃ」
「ミュミュ〜!自分だけベッドで眠るなんてズルいミュ!……あれ?」
ポミュはふと気がついた。
店の出入り口のスイングドアが、ギーギーと音を立てて揺れている。
「誰か来てたのかミュ?」
ポミュがそう訊ねると、店長が苦笑しながら答えた。
「ああ…面倒くせぇ常連客が一人な」