デートでしかない話

高いところに登って、精神統一する癖があるためか、その日もレグルスは例によって建物の屋上…のさらに上に設置された、用途のよく解らない鉄塔の上にしゃがみ込んでいた。
しかし、本来閉じているはずの両眼はしっかりと開いており、視線の先は遥か遠くへと向けられ、表情はどこか虚ろだった。
「なんや、レグルス。そんな辛気くさい顔して」
いつの間にか屋上に来ていたハウトに声をかけられ、レグルスの視線は下の方へと動く。
「悩み事でもあるんか?」
と、こちらを見上げながら訊ねてくるハウトに、少々長めの溜め息を吐いてから、レグルスは答えた。
「どうやったらアイツを倒せるのか…」
「アンタの頭ん中はホンマに嬢ちゃんのことばっかやな」
レグルスが言い終わらないうちに呆れ顔になりながらハウトが言った。
嬢ちゃんとは勿論、レグルスに言わせれば、宿敵・ライバル・勝たなければ己の目標たる最強へは行きつけない超えるべき最大の壁——最近では「爆炎の白き戦士」という二つ名を得た、あの英雄のことである。
と言ってもこの男は当の嬢ちゃんに告白され、それにツンデレ気味とはいえOKを出し、めでたく両思いになったはずなんやけどなぁ…そこは年季の入ったツンデレ、なかなかちょっと前までのノリは抜けへんか…バチバチやったもんな出会って間もない頃とか——と、二人が出会ったあたりから訳あって事情を知っているハウトは色々思い出して頭を抱える。
「で。何か嬢ちゃんに勝つための具体的な対策とか思いついたん?」
「…今のところ、鍛える以外に何も浮かんでこねぇ」
「行き詰まっとるなあ…」
まあ、闇のエレメンタルの力を手に入れたり、色々やってみたりした結果でも五分五分だったし無理もないか…。
「そういや、何かこういう時にピッタリの言葉なかったか?あれや、レグルス“彼を知り、己を知れば百戦殆うからず”ってやつ」
「敵の実情を知り、己の実力を見極めろ、か」
「それや、それ。今アンタには嬢ちゃんに関する情報がまだまだ足りてないんちゃうか?言うてアレやろ、いつも大体拳で語ってばっかやし、一回何かもっと別の方法で相手を知ってみたらヒントとか掴めるんちゃうか?」
ハウトの言葉に、レグルスは驚いたかのような様子でポツリと呟いた。
「別の方法」
「そうそれ」
レグルスはしばらく考え込むように両腕を組んだ——数十秒後、彼の口がようやくはっきりと言葉を紡ぎ出した。「アイツのそばで一日過ごす」と。

次の瞬間、空を裂く音と共に、パリーン!という軽快な打撃音が響いた。
「え!?何で自分を殴ったん…!?」
ハウトは目の前の光景に、思わず起きたことをそのまま叫んでツッコミを入れた。
突如、自らを必殺タコ殴りのうちの一発並みの威力で殴ったレグルスは、そのまま鉄塔の上から屋上のコンクリートの地面へと音を立てて落っこちてきた。
「だ、大丈夫…?」
恐る恐る声をかけるハウトに、何も答えずレグルスはよろよろと立ち上がる。
顔を覆うバイザーは見事に面割れし、ヒビの間からは青く光る彼の裸眼がちょっとだけ見えていた。宇宙石割っただけあって、やべぇパンチである。

「いや、大丈夫だ…オレとしたことが、あらぬことを考えてしまっただけだ。忘れてくれ」
ようやく口を開いたレグルスは、至って冷静な口調でそう言った。
「そ、そうか…面割れはもっと別の場面で披露してほしかったで…」
そんなレグルスの様子に少しうろたえながら、ハウトが言う。
「早速ヤツのところへ向かう」
「結局そばで過ごすんかい」
「アイツを倒すためだ。それ以外の理由などない」
「もう素直になってくれや……」
「何を言っている」
涙目になるハウトをその場に残し、レグルスは飛行ユニットを起動させると、その場から大空へと飛び立った——まっすぐに目的地を目指して。

「爆炎の白き戦士」の二つ名を持つ少女は、ちょうど自宅の玄関から外へと向かって歩き出すところだった。その時、ギュンッ!と何者かが猛スピードで向かってくる気配をいち早く察知する。
一直線に来たその人影を、ひらりと軽くかわした後すかさず爆弾を設置——しかし、相手もそれを見切っていたのか、強烈な蹴りで設置された爆弾をはるか遠くへと弾き飛ばす。爆炎が視界の隅で十字に広がって消えるのを確かめながら、少女は動きを止め、目の前の人物——攻撃をしかけてきた張本人であるレグルスを見つめ返した。
「ごめんね、今日は大事な用事があるんだ」
少女がそう言うのを聞いて、レグルスは構えを解いた。

「そうか…それは悪かったな」
「うん」
「いやいやいや!!どういう会話だミュ!?それとレグルス、面割れしてるけど何があったんだミュ!!」
目の前で唐突に起きた出来事に一瞬ついて行けなかったポミュがようやくツッコミを入れた。

「よかったらレグルスも一緒に来る?あ、来るわけがないか…」
「いや、今日はオレもお前に同行する」
「え。なんでまた…」
「今日はお前の…敵の実情を知りにきた」
「ふーん…そう簡単にこっちの手の内を見せる気はないけど、いいの?」
「フン…そう言われてオレが諦めるとでも?」
「…いいよ。じゃあ、ついて来て」

「さらに凄い会話してるミュ…この二人怖いミュ……」
ポミュは一人呟きながらガタガタ震えた。

少女の「大事な用事」とは、お気に入りの洋服店で今日発売の新作を迎えることだった。
真新しいワンピースに着替え、さらに少女が向かった先は、何処か見覚えのあるオープンカフェだった。ネコのような絵が描かれた可愛らしいデザインのタイルが、チェス盤のように敷き詰められた小さな広場。中央には綺麗な噴水があり、水しぶきが光を受けてキラキラと輝いている。その周りをぐるりと囲むように、何やら洒落た感じのテーブル&チェアが並べられている。パラソルにはタイルと同じネコの絵が描かれており——。

「ここのオーナー、ゾニアさんなんだよ」
少女の言葉に、レグルスはコーヒーを軽く吹いた。
「あのヒト今、バアルさんと組んでアミューズメント施設やレジャー関係の仕事をしているらしいんだ」
「…流石はカジノと遊園地の支配者だけはあるな」
「えへへ。元々そういう場所が好きだったんだろうね」
言いながら少女は、ネコの着ぐるみを着た店員が運んできたパンケーキを、デコレーションのクリームごと頬張った。幸せそうである。
「他の皆はどうしてるかなぁ…元気だといいよね、レグルス」
「………」
レグルスは無言だった。ただ、ぼんやりと目の前の少女を見つめていた。
ハウトの言うように、大体拳で語ってばかりの相手だった。圧倒的に情報が足りていなかった。それは確かなのだが、別にこんなことが知りたかったわけじゃない。好きな場所、好きな洋服——それなのに、今の状況が妙に心地良い。嬉しさのようなものを感じる。
もう一発自分の顔面を殴りたくなったが、何故か思い止まった。この状況を台無しにしたくない…。

「この後は何処に行こっか?」
「…お前の好きな場所へ行け」
「その様子じゃ、まだ見極められていないようだね。じゃあ映画館にでも行ってみようか」
にっこりと少女が微笑みながらそう言った。

「もうコレ…デートでしかないミュ」
テーブルの下に隠れていたポミュが、諦めたようにそう呟いた。

数日後、あまりにも衝撃的なレグルスの行動にショックを受けていたハウトだったが、今日再び用途不明の鉄塔がある屋上へとやってきた。どうせ、またここに来れば会えるだろうと。
しかし、そこには今日はレグルスの姿はなく——彼を悩ませている、ある意味元凶である女の子が、ちょこんと鉄塔の上に座っているのだった。
「あれ?ハウト、久しぶりだね。こんなところに何か用事〜?」
「その言葉そっくりそのまま嬢ちゃんに返すわ」
この場所にレグルスがしょっちゅう来ており、彼に用がある時に訪れている旨を簡単に説明すると、少女は目を輝かせた。
「ホントに?私、今日たまたまこの場所を見つけてね、何だかこういうところレグルスが好きそうだな〜って思って…そっか、ホントにここに来てたんだ〜」
そう言いながら、嬉しそうに自分が座っている場所とその周囲を、少女は改めてキョロキョロと見回した。
「ほんならそこに登ってみたんはレグルスの真似か?」
「うん!どんな風に見えるのかな〜って思ったの。何だか知りたくなっちゃって」
「アイツのことをか…嬢ちゃんはホンマに素直にアイツのこと好きなんやなあ…」
ハウトは溜め息をついた。アイツに足りないのはこの素直さやな、と思いながら。

「ねぇ。ハウトは“彼を知り、己を知れば百戦殆うからず”って言葉知ってる?」
「ああ…ほんで、嬢ちゃんの…敵の実情を知るためにレグルスのヤツが来たんやろ?」
「うん。結局何も掴めなかった様子で帰って行ったよ」
「せやろなぁ…」
「それでね…今度は私の方から、敵の実情を調べてやろうと思ってるんだ〜」
少女はいたずらっぽく笑いながら、そう言った。

「……ええ考えや。その調子やで嬢ちゃん」
「うん。ありがとう、ハウト!」
——この二人は、今はこんな感じでいい。仕方がない。何やかんやで進展しとるようやし…ハウトは遠い目をしながら、そう考えた。
数日前、レグルスが意を決して飛び立った空のように、今日もよく晴れていた。