白い悪魔の話
非常ベルが、けたたましく鳴り響いていた。
辺り一面の火の海に、取り残された人々は行き場を失くし、それでも何とか助かろうと出口を求めて建物の中をさまよっていた。
その時だった。一枚の窓ガラスが割れ、風とともに一人の白い少女が建物の中へと飛び込んで来た。少女は手にした水色の爆弾を、通路を塞ぐ炎に向かって投げつけ、その爆風で消火した。
「皆さん、こっちです!」
少女により人々は外へと誘導され、命を救われた。
そして、尚も燃え盛る炎に向かって少女は駆け出す。しかし火は勢いを増し、周囲の建物に燃え移るのも時間の問題だった。
(アイスボムじゃ、とても消火し切れない…!)
少女の判断は早かった。
右手に全神経を集中して、闇色の爆弾を出現させる。そして、わずかな時間の間に、自らの力を最大限まで爆弾へと注ぎ込んだ。
(溜めボムなら、きっといける…!)
少女は建物の上空めがけて、爆弾を投げつけた。瞬間、破裂とともに巨大な闇色の爆炎が建物の頭上に広がった。爆炎は燃え盛る瓦礫を次々に飲み込み、建物そのものを消し去る勢いで、炎に勢いを失わせていく。そして、爆風が収まる頃には火は完全に消し止められていた。
救助された人々はその光景に呆然としていた。
自分達を救ってくれたはずの少女に、恐怖を感じずにはいられなかった。それだけ彼女が見せた力は強大なものだった。
「白い悪魔だ…」——誰かが、ぽつりと呟いた。
*
「ビル火災から人々を救った英雄か…」
レグルスは呟きながら、目の前にいる当の“英雄”の姿を眺めた。
花畑の真ん中で、せっせと冠を作る作業にいそしむ白い少女は「ん?」と首を傾げながらレグルスの方を見る。今日も今日とて、共に修行をしようと二人で山に入ったというのに——偶然この素敵な花畑を見つけてしまったが最後、目を輝かせながら遊び始める彼女に、レグルスは溜め息をつく。
こんな彼女ではあるが、冗談抜きの現在宇宙最強の戦士である。そして、困っているヒトを見れば放っておけないお人好しである。助けるのは当然と言わんばかりに、人々の危機に飛び込んでいく——だが、今のこの姿からは、そんなことは到底想像がつかないことだろう。
「うん、あの事件ね。取り残されたヒトたちが沢山いてね…小さな子やお母さんもいて、大変だったんだよ」
語りながら少女は、花冠をまた一つ完成させる。
「でも、ちゃんと皆を助けられたから良かったよ」
そう言って少女は笑顔をこちらに向ける。いつの間にか、少女の周りは花冠でいっぱいだった。
「そうか…ところで、それだけ作ったのなら満足じゃないか?」
「うん。じゃあ始めようか」
ようやく少女が立ち上がる。どうやら修行モードに入ったらしい。
相変わらず白い少女は強かった。レグルスの放つ拳は空を切り、一発たりとも彼女に当たることは無い。さらにレグルスの隙をついては、的確に爆弾を配置してくる。
こちらも負けじと爆炎の中をギリギリでかいくぐり、高速移動で相手との距離を一気に詰めては拳を放つ。両者の技の応酬は幾度となく続いた。
そして最後には両者共に力尽き、決着は曖昧なまま手合わせは終了した。依然として二人の実力は拮抗したままであった。
「やはり強いな…」
「レグルスの方こそ」
花畑に座り込み、互いに声を掛け合う。
「でもね、レグルス…強すぎるっていうのも考えものだよ」
「……どういう意味だ?」
「ビル火災の時…助けたヒトに言われたんだ。私、“白い悪魔”だって」
言いながら少女は苦笑いを浮かべた。
「アイスボムじゃ消火が間に合わなかったんだ」
そう言って、空に向かって右手を伸ばす。自分の右手を見つめながら、少女は言葉を紡ぐ。
「だからグラビディボムの力を最大にして、沢山の瓦礫ごと炎を消滅させた…そしたら怖がられちゃったのかな」
ふっと少女の顔から表情が消え、溜め息に変わる。
「レグルスは…こんな私のことを、どう思う?」
「……お前が悪魔だというのならば」
言いながらレグルスはその場から立ち上がる。そして、少女に向けてはっきりと告げた。
「同じ悪魔になってでもお前に勝つまでだ」
彼女の強さと才能に惹かれ、そしていつか彼女を超えると決めた時から、それは当然のことだった。どれだけ彼女の力が強大であっても、決して恐れることはない。並び立つまでだ、と。
「ありがとう、レグルス」
少女も、ふわりとその場から立ち上がった。
「この力、私はこの世界のために使いたいんだ…例え、私自身がどう思われようとも」
「お前らしいな…だが、悪いがオレは必ずお前を超える。どれだけ強大な力を持っていようが、な」
「私も…キミに勝ちを譲るつもりは無いよ」
——そして二人は互いを見つめ、微笑んだ。
*
「ねぇ、今日が何の日か覚えてる?」
山を下り、帰り道を行く最中、白い少女がレグルスに訊ねた。
「ああ…覚えているとも」
忘れるわけが無い。レグルスの脳裏には今日の日付とともに、あの一日が蘇る。
雪山の中で、初めて白い少女に出会ったこと。天空の城での最後の戦い。長い一日の最後に、彼女と交わした会話。そこから流れた再会までの二年の歳月——。
「二人が初めて会った日って、普通だったら記念日だよね」
「忘れられない日であることは確かだな」
全てはあの日から始まった。白い少女が戦士となり、自分の宿敵となり、そして最後にはかけがえのない存在になった日——最初こそ否定した、彼女への思いが芽生えた日。
「ねぇ。レグルス」
少女がふと立ち止まる。レグルスもそれに会わせて足を止める。
一瞬の間の後、少女はそっと右手を差し出した。
「手を、繋いでくれないかな」
「………」
レグルスは黙って少女の手を取った。
「ふふふ。あの日は私達の関係がこうなるなんて、思ってなかったよね」
「……フン」
手を繋いだまま、レグルスはそっぽを向いた。
そろそろ夕刻に差し掛かろうとしている空は、青からオレンジ色へと変わっていく。二人の並んだ影は、地面へと長く落ちていた。