Anniversary

あまりの気温の低さに雪がちらつきだした。
とある建物の屋上に設置された、用途のよく解らない鉄塔の上に座っていた少女は、思わず雪が舞う空を見上げる。「懐かしいな」と呟きながら。
“爆炎の白き戦士”の二つ名を持つ少女は、かつての戦いに思いを馳せた。ここと似た場所で待っていた宿敵の存在と、戦いを繰り広げた懐かしい場所——もう二年以上前のことだった。

最初にその場所に降り立った時、辺り一面は真っ白だった。前へ進めば進んだだけ、雪を踏む足音がついて来る、銀世界。あれだけ沢山の雪を見たのは初めてだった。
同時に吹雪や山道に行く手を阻まれ、雪という環境の厳しさも存分に味わい、それを乗り越えた先に、待ち構えていたであろう敵の姿が見えた。

その時はそいつとの勝負はつかなかった。というか、私はなめられていたのだ。
「面白ぇ、結構やるじゃないか。ザコだと思って甘く見てたぜ」
その言葉に、私はむっとする。彼は「本気で」来てくれなかった。私はいつだって本気で戦っていたのに。だからこそ「次は本気でやってやる」の「次」を待っていた。
思えば最初に、レグルスという存在が私の中で引っかかったのは、この時からだった。

それから二年後だった。私が待ち望んでいた「次」が訪れたのは。
彼が選んだ場所は、あの日雪の中で見たものとよく似た正方形のバトルフィールドだった。そう、彼は同じ条件で戦うことに拘っていた。
私もそれに受けて立った。「オレをあの時と同じと思うな」と睨みつけてくる両眼の光を、正面から受け止めて。
私と彼は宿敵だった。この日は、ようやく本気で拳を交えることが出来て、嬉しかった。強さを認め合った者同士の初めてのぶつかり合いだった。
いつか必ず決着をつけたい。
それは今も変わらず思っていることだった。

「そろそろ行こう」と少女は鉄塔から降りるべく、鉄骨に足を掛け立ち上がった。途端に、薄く積もった雪に足が滑り、身体が宙を舞う。
地面へと落下しかけた少女を、どこからか飛び出してきた影が両腕で受け止める。——飛行ユニットを起動させたレグルスだった。
「何をやってたんだお前は…オレの真似か?」
「えへへ。ありがとう、レグルス」
腕の中の少女は質問には答えずに、ただ素直に礼を言った。

「そうだ、このまま一緒に何処かへ行こうよ」
少女の唐突な提案に、レグルスは呆れ顔になる。
「お前…オレにこのまま飛べと言うのか」
「早いでしょう?」
くすくす、と少女がいたずらっぽく笑った。
レグルスは溜め息をつくと「仕方ねぇな」と呟き、少女を抱えたまま空へと飛び立つ。
雪が舞う冬の低い空は、何処までも続いているかのように見えた。
私と彼は宿敵——けれどその関係は今、ほんの少しずつ変わり始めている。

ちょうど陸地が途切れた場所に二人で降り立った。
目の前は、灰色に滲んだ冬の海だ。雪が舞う砂浜を歩きながら、私は何となく喋り始めた。
「ゾニアさんとバアルさん、今度はお化け屋敷の企画をしているらしいよ」
と、あれからアミューズメント施設やレジャー関係の仕事を始めた二人の話題を出す。
「冬なのにかよ」
「あはは。そうだよね、季節外れだよね……旅に出ちゃったヒト達はどうしてるかな」
「ベルフェルとベフィモスか」
「それとモロクさんも…久しぶりに会いたいよね」
そう言って、曇り空を見上げる。その向こうにある宇宙に思いを馳せながら。
「あ。アスタロトはこの前、私の家に来てくれたんだ」
「……何だと」
「花束持って、わざわざ謝りに来てくれたんだよ。不細工って言ったことを…」
「………」
「それだけだったから!そんな顔しなくても大丈夫だって!アスタロトは、だってそういうヒトなわけだし…」
そうだとしても気に入らねぇな…とレグルスがボソッと呟いた。
「リリーちゃんとルキフェルスは、二人で星の海を駆け回ってるのかな」
「あの二人は海賊だからな」
「うん。それにいい感じだったよね、あの二人…いつまでも一緒だといいな」

波音が静かに繰り返される中、ふと足を止めた。
目の前の母なる海に、あの日繰り広げた最後の戦いを思い描く。全てを生み、消し去るという創造主——今は眠りについている、あの天使を倒したことで宇宙は救われた。最後の一撃は今でも鮮明に覚えている。レグルスから託された闇色の爆炎が天使にとどめを刺した時のことを。

「ボンバーマン」
ふいにレグルスに名前を呼ばれて、私は振り返る。
「受け取れ」
そう言ってレグルスは、何かを放り投げた。あわてて両手でそれを受け止める。
手を開いてみると、そこにあったのは小さなアクセサリーだった。チャームがキラキラと、陽を受けて星のように光っている。
「綺麗…」と思うのと同時に、突然の出来事でフリーズした。
「今日は何かの記念日だっけ?」
そんな見当違いな質問に、レグルスは呆れ顔になる。
ハッと、私は気づく。別に今日は記念日とか、そういうわけじゃない。だからといって、このヒトは素直に「プレゼントだ」なんて言うわけもない。
「ありがとう…大切にするね」
お礼を言いながら、大切にアクセサリーを胸元で握りしめる。レグルスはそっぽを向きながら「好きにしろ」と呟いた。そして、さっさと歩き出す彼を、私は急いで追いかけた。——貰ったばかりの、小さなアクセサリーを身につけながら。初めて貰ったプレゼント。そういう意味では、今日が記念日になったかもしれない。

私と彼は宿敵——けれどその関係は今、ほんの少しずつ変わり始めている。
あの戦いの中で、やっと気づいた自分の気持ち。それを伝えてから始まった、今の関係。レグルスは相変わらず素直じゃないけれど、それでも十分伝わってくる——きっと同じ気持ちだってことが。
「ねぇ。もっと雪が降ったら、また一緒に修行しようよ」
「……ああ」
「やったぁ!それじゃあ、また一緒にがんばろー!」
私がそう言うと、レグルスは笑ってくれた。あの戦いが終わってから、彼はよく笑ってくれるような気がする。それが凄く嬉しかった。

雪は相変わらず砂浜を舞っている。
いつかは私と彼、どちらかが「最強」の名を手にすることだろう。私も彼も、決着を望んでいるから。——けれどそれは、今ではない。
共に先へと続く道を見つめながら、私達は砂浜を歩いていった。

きっと雪は、また積もる。
そして、あの時のように私達は対峙するだろう。