誕生日の話
大切な仲間の誕生日当日に、ポミュはケーキ屋へと走っていた。
バースデーケーキは予約注文済み——さすがボクだミュ、と自らを褒めながら一人ニッコリと笑う。坂を上り、角を曲がって、小さな広場へと行きつく。ここは、いつも彼女が利用しているオープンカフェだ。ここを抜ければケーキ屋はすぐそこ…というところまで来て、ふいにポミュがブレーキをかけるように足を止める。
いつもの見覚えのあるオープンカフェ。ネコのような絵が描かれた可愛らしいデザインのタイルが、チェス盤のように敷き詰められ、洒落た感じのテーブル&チェアが並べられている。いつぞやの戦いの最中に見た、ファンシーな遊園地を思わせるその佇まいの中、似つかわしくない人物の姿が、ポミュの目に映った。思わずその人物が座る席へと近づき、ポミュは声をかける。
「レグルス…ここで何してるミュ?」
「お前か」
レグルスがこちらを向きながら返事をした。
テーブルの上にはコーヒーが一つ。スイーツ系は頼んでいない様子。いや、そんなことより本当にこんなところで何をしているのか。
「ここはヤツの行きつけの店だからな」
「知ってるミュ…そして何でキミがここにいるのかの答えにはなってないミュ」
ヤツとは勿論、レグルスに言わせれば、宿敵・ライバル・勝たなければ己の目標たる最強へは行きつけない超えるべき最大の壁——そして、ポミュにとっては大切な仲間である、白い少女のことである。しかし、この男は当の少女から告白され、それにツンデレ気味とはいえOKを出し、めでたく両思いになったはずなのだが…そこは年季の入ったツンデレ、決して簡単には素直にならないのである。
「……“彼を知り、己を知れば百戦殆うからず”、だ」
「敵の実情を知り己の実力を見極めろ、という意味ミュ?」
「そうだ…オレはヤツの実情を探り続けた結果、この場所を知った」
「アレはただのデートにしか見えなかったミュ…それともボクの気のせいだったミュ…?」
ポミュは頭を抱える。本当にこの男は素直じゃない。
「さらにオレはヤツにとって重要な情報を今掴んでいる」
「ミュミュ?それは一体…?」
思わずポミュは身構えた。レグルスはフッ…と目を閉じながら、こう答えた。
「ヤツの誕生日は4月6日らしい」
「それ今日!今日だミュ!!」
一瞬でずっこけながらポミュがツッコミを入れた。
「キミ、わかってるミュ!?キミにとって彼女の誕生日ミュ!お祝いする日だミュ!!」
するとレグルスは、スッ…と何かを取り出した。可愛らしい桃色の小さな紙袋だった。少女がよく服や小物を買う店の名前が刻まれている。
「ヤツの好みの品もこの通り把握している」
「きちんとお祝い用意してた!しっかり彼氏だったミュ!キミ、もういい加減そのカッコつけやめた方がいいミュ!!」
いやカッコつけるというか、寧ろ彼の言動がヤケクソに思えてきたポミュは、半ば涙目になりながらレグルスに訴えかけた。
「何を言っている…これはオレが敵の実情を調べ尽くした結果…」
「いいや!彼氏でしかないミュ!!」
「本当はこれからヤツに、オレの方から仕掛けに行くつもりだったが…」
「要するに自分からプレゼント渡しに行く気だったミュ!?」
「不覚にもヤツが先に仕掛けてきた。だからオレはここにいる」
「ミュミュッ…それって…」
ポミュが何かを察すると同時に、背後から聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
「レグルス、ごめん…待った?」
振り向くとそこに立っていたのは、ポミュにとっては大切な仲間であり、今日の誕生日の主役でもある白い少女だった。
「あれ、ポミュ。ケーキ屋さんに行くんじゃなかったの?」
少女にそう言われて、ポミュは我に返る。
「ミュミュッ!?そういえば今行く途中だったミュ!」——と走りかけた瞬間、思い直して立ち止まる。そしてレグルスの方に向き直り、一言「待ち合わせしてたんなら初めからそう言うミュ!」と訴え、そのままケーキ屋めがけて走り去っていった。
「ふふふ…私のためにバースデーケーキを予約してくれてたんだって。日頃のお礼だから感謝しろ〜だって」
「アイツも相変わらずだな」
そう言いながらレグルスは微笑んだ。
「レグルスもありがとう…私のワガママに付き合ってもらっちゃって」
「フン…“一緒に過ごしてほしい”がワガママのうちに入るものか」
その言葉に少女が嬉しそうな笑顔を見せる。そして、レグルスの向かいの席に腰掛けた。
「この後、是非家にも遊びに来てね。それでさ、ケーキ食べよう?」
「………」
少女の提案にレグルスは黙ったまま、だがしっかりと頷いた。
*
それから数日が経った後のこと。
レグルスはいつものように、建物の屋上…のさらに上に設置された、用途のよく解らない鉄塔の上にしゃがみ込んでいた。彼には何故か、高いところに登って精神統一する癖がある。春の日差しの下、目を閉じ深い呼吸を繰り返す——ふいに屋上から、彼を呼ぶ声が響いた。
「ハウトか」
「おう!今日は集中できてたみたいやな」
「わかっていたのなら修行の邪魔をするな」
「まあ、ええやないか!」
悪びれる様子もなく「はっはっは!」と笑うハウトは、さらにこう続けた。
「なぁ、この前の嬢ちゃんの誕生日どうやった?」
「ああ…」
レグルスの脳裏に、数日前の彼女の姿が浮かぶ。自分が贈ったプレゼントに「コレすっごく可愛い!ありがとうレグルス!」と喜ぶ姿、一片を大きめに切ったケーキを美味しそうに頬張る姿、幸せそうな様子。思い出すたびに自分の顔面を殴りたくなってくる程、嬉しさが蘇る。(何処までも素直ではない。)
「居城の侵入に成功し、好みのケーキを把握したな…」
ボソッとそう呟くレグルスに、ハウトは思わず「素直に家にお呼ばれして一緒にケーキ喰ったって言わんかい!」とツッコミを入れた。
「もうええやろ、レグルス…そろそろ認めたらどうや」
「何を認めろと」
「好きなんやろ?」
「………」
次の瞬間、空を裂く音と共に、パリーン!という軽快な打撃音が響いた。
結局自分の顔面を殴り、顔を覆うバイザーを見事に面割れ状態にした彼が素直になるのは、まだ不可能に近いことだった。