Go get'em
その空間は広く、切り立った崖に囲まれていた。
レグルスは目を閉じ、静けさの中に立ち尽くしている——ふいに聞き覚えのある声がした。
「頑張って」
少女の声——この世界で唯一、自分が認めた強者…たった一人の宿敵、ボンバーマンの声だった。
レグルスは目を開く。
そして、開くと同時に背後に向けて拳を放った。
激しい音を立てて崩れ落ちたのは、機械仕掛けの兵士。
「アンドロイドか…」
レグルスが呟く。
剥き出しになった装甲の内側で、引き千切れたコードが火花を散らしている。レグルスはその様子を一瞥すると、すぐに視線を正面に戻した。
目の前の空間を埋め尽くす、おびただしい数のアンドロイド。一人残らず、こちらに銃口を向けていた。
「面白ぇ」——再び拳を握る。
そして、駆け出した。
弾丸の速度は彼に追いつけなかった。空しく地面に当たって跳ね返る。
次から次へと崩れ落ちるアンドロイド。彼の拳は、まるで砕けることを知らない。
隙をついて一体のアンドロイドが背後を取った——しかし、そんなことは百も承知か、後ろに向けて放った回し蹴りが敵を捉えた。
「!!」
頭上に気配を感じ、その場から飛び退くレグルス。
先程まで立っていた場所にレーザーが降り注ぐ。空に目をやると、飛行ユニットを背負ったアンドロイドが数十体、自分を取り囲んでいた。
「フッ…」
それを見て、レグルスは笑みを浮かべる。
そして、迷わず右手から放ったのは、翼を持つ魔弾——“サモンダークネス”と呼ばれる彼の技だ。魔弾は鳥のように空中を舞い、アンドロイド達を破壊する。
そしてレグルスもまた、飛行ユニットを起動して飛び立った。
「喰らえ!」
次に放ったのは暗黒球だった。
殆どの敵は、なす術も無く闇に飲まれ消滅していく。それでも数体は回避した。
しかし、その数体もすぐさまレグルスに追いつかれ、その手で地面に叩きつけられた。
「終わりか…?」
そう呟きながら、レグルスは地上に降り立った。
辺り一面には、潰された鉄屑が煙を上げている——ほんの一瞬だけ、再び静けさに包まれたその時だった。
「!!」
上空から降って来たのは、八本のアームを持つ蜘蛛を模した巨大メカだった。
正面側に取り付けられた二本のアームの先端は、鎌のような形状の鋭い刃物になっていた。
「最後の一体か」——レグルスは、再び駆け出した。
襲いかかる刃を回避し、そのまま地面を滑るように進む。右手にボムを出現させ、敵の本体部分めがけて投げつける——爆炎が広がる様子を横目に、素早く敵から距離を取り、背後に回る。すかさずアームに向けて蹴りを放ち、破壊。
バランスを崩した敵を狙って二発目のボムを投げた。
「!?」
直後、敵が一瞬でこちらへと向きを変えた。
爆炎のダメージを受けながらも、渾身の力で刃を振りおろす。
慌てて背後に跳んで避けるも、刃はわずかに顔面をかすった——ガラスが割れたような音が響いた。
「…やりやがったな」
レグルスの顔を覆うバイザーが割れていた。
奥に覗く、彼の青い目——その表情は不機嫌そのものだった。
そんなことはお構いなしといった様子で、敵はさらなる一撃を仕掛ける——しかし、刃はレグルスを捉えることなく、地面に突き刺さった。
「こっちだ」
瞬時に飛行ユニットを起動させ、宙に移動していたレグルス。
そのまま敵の頭上へと落下するように飛び——わずか数秒の間に数十発の拳を放った。
それが決め手となった。
レグルスが再び地上へ降り立つと同時に、巨大メカは音を立てて、その場に崩れ落ちたのだった。
「………」
ようやく静けさを取り戻した空間に、レグルスはそっと息を吐く。
すると何処からか、拍手をする音が響いた。
レグルスが振り向く。
拍手をしているのはハウトだった。隣にはボンバーマンの姿もあった。
「流石やな、今ので百体やで!」
苦笑いと共にハウトがそう言った。
*
話は一ヶ月前に遡る。
「来月誕生日やろ?なんかリクエストとかあるか?」
ハウトがレグルスに、そんなことを訊いてきた。
「…リクエスト?」
「ワイに用意できるもんだったら、用意したるで!」
ハウトのその言葉に、レグルスはしばらく考えるような素振りをした後——「百人組手」と言った。
「……え」
ハウトが目を丸くしていると、レグルスはさらに続ける。
「戦う相手百人用意しろ」
——今さら断ることは出来へんな…とハウトは観念した。
そして一ヶ月を掛けて、ただレグルスと戦わせるためだけに、戦闘用アンドロイド99体と巨大メカ1体を開発すると決めたのだった。
*
「いやあ、見事に壊してくれたなあ…ワイの苦労も知らんで」
そう言いつつ、ハウトは鉄屑の中から使えるパーツを探し出し、回収していく。再利用するつもりらしい。
「見てたのか」——レグルスはボンバーマンに声をかけた。
「うん…レグルス、顔大丈夫?怪我してない?」
心配そうな声で訊ねる少女に「大丈夫だ」と答える。
「ハウトには感謝している…良い準備運動になった」
そう言ったレグルスの表情——割れたバイザーの奥に見える青い目は、笑っていた。
「…訊くまでも無いと思うけど、君の次の相手は?」
レグルスは質問に答える代わりに、真っ直ぐに少女を見つめ返した。